2008年05月17日

前島秀国氏のお宝原稿 ~ やや序の口版

おはようございます。 
今朝もお届けしますよ~。 
サウンド&ヴィジュアル・ライター前島秀国氏の著作・発掘研究隊が掘り出したお宝エッセー。

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「ドンドン日記」での公開にあたって

以下のエッセーは、三菱電機エンタテインメント・サイト(現在は閉鎖)の「大人のための映画・音楽情報」内で掲載されたWEB用の文章です。みなさんご存知の『戦場のピアニスト』の公開に併せて書いたものですが、当時、三菱系列だったトライエムがこの映画の配給に関わっていたこと、それからトライエムが(ポーランド物を中心とする)クラシックCDの制作・リリースをしていたこと、などの絡みがあって、『戦場のピアニスト』の本編と、そのスコアを作曲したヴォイチェフ・キラール(ポーランドの現代音楽作曲家)を併せて紹介するようなエッセーを書いて欲しい、という依頼だったと思います。で、出来上がったのが、以下の文章です。ショパンは、ほとんど出てきません。そんなことは、どんなライターでも書けるから(笑)。
ちなみに、東京国際映画祭で来日したエイドリアン・ブロディ(主人公シュピルマンを演じた俳優)に、記者会見で直接質問したことがあります。「あんた、なんか楽器やってたの?」って。彼は「もともとキーボードとかは弾いてたよ」って答えたような気がします。その半年後、まさか彼がオスカー俳優になってしまうとは予想もつきませんでしたけどね。
例によって、文章の著作権は前島秀国に属します。無断転用などはお控えくださいませ。タイトルや小見出しなどは、初出の時のものです。少しだけ、注を付け加えました。


“戦場の沈黙”を奏でる作曲家ヴォイチェフ・キラール
前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)



“沈黙の響き”に耳をすましたキラール

 『戦場のピアニスト』は、例えば『海の上のピアニスト』や『ピアノ・レッスン』のような意味での「音楽映画」ではまったくない。ピアニストが主人公なのに、映画のなかで響く音楽の分量が異常ほど少ないのである。ドイツ軍将校に命乞いをするため、文字通り鍵盤に噛りつきながらショパン《バラード第1番》を演奏するクライマックスまで、このピアニストに音楽を奏でることは許されない。ユダヤ人ゲットーを脱出し、ナチス・ドイツの目を掻い潜りながら逃亡生活を続ける主人公にとって、音を立てることはすなわち、「死」を意味するからである。おそらく、『戦場のピアニスト』ほど「音を立てること」「立てないこと」の意味を徹底的に追求した映画もないだろう。それはこの作品が、ロマン・ポランスキー監督の実体験を踏まえたリアリズムに貫かれているからだけではない。この映画全体の音楽を担当したヴォイチェフ・キラールが、いわば「沈黙の響き」といった要素にきわめて敏感な作曲家であることも大きく影響しているからだと思うのである。
 1932年生まれのキラールは日本ではまだまだ馴染みの薄い名前だが、ポーランドを代表する現代音楽作曲家のひとりとして、欧米ではきわめて高い評価を得ている人である。25歳でドイツ・ダルムシュタット音楽講座に参加、そこで旧西側の前衛音楽に触れたが、そこでキラールはアメリカの作曲家ジョン・ケージに大きな影響を受けたという。ケージは音楽のなかに「沈黙」の要素を大胆に採り入れた史上最初の作曲家であり、楽譜に音符がひとつも書いていないことなど、ケージの作品では当たり前のことだった。キラールの作曲した宗教音楽やオーケストラ作品のなかに、時折ぞっとするような静寂の瞬間がはさみこまれるのも、おそらくケージとの出会いで学ぶところが多かったためだろう。


ポーランドが誇る映画音楽の第一人者、キラール

キラールの名を世界的に高めたのは、これまで150本以上を手がけたと言われる映画音楽作品である(当時、東欧の現代音楽作曲家は生計を立てるために映画音楽の仕事をするのが当たり前だった)。アンジェイ・ワイダ監督作品『約束の土地』『コルチャック先生』などの音楽を通じ、広く欧米に知られるようになったキラールは今やハリウッドでも一目置かれる存在。最近では『ロード・オブ・ザ・リング』映画化に際し、ピーター・ジャクソン監督自らがわざわざポーランドのキラールの自宅まで作曲依頼に出向いたが、にべもなく断られたという逸話が伝えられている。今年71歳を迎え、映画音楽の仕事を極力減らしているキラールなら当然かもしれないが、そんな彼でも例外的に作曲の依頼を断らない監督がいる。前述のワイダ監督とクシシュトフ・ザヌーシ監督、それに『戦場のピアニスト』で三度目のコンビとなるロマン・ポランスキー監督だ(注:ポランスキーは『オリヴァー・ツイスト』から、別の作曲家とコンビを組んでいる)。
 ポランスキー監督との前作『ナインスゲート』では黒ミサを思わせる不気味な合唱曲で観客を怖がらせたキラールだが、『戦場のピアニスト』では一転、もの悲しいクラリネットのテーマ曲を1曲書いただけである。実はこのクラリネット、ユダヤの民族音楽(クレズマー)で中心的な役割を果たしていることに注意したい。つまり、ナチス・ドイツに不当な迫害を受けたシュピルマン、いや、ユダヤ民族全体の過酷な運命と悲哀を、キラールはクラリネット1本のはかない響きに託しているのである。すぐれた映画音楽とは作品のテーマや性格を見事に集約しているものだが、その意味でキラールの『戦場のピアニスト』の音楽はポランスキー監督の意図を十全に汲んだ仕上がりを見せているというべきであろう。


キラールの音楽を聴くなら――推薦盤

 これまでワイダ監督作『パン・タデウシュ物語』やポランスキー監督作『ナインスゲート』など、ごく数枚のサントラ盤をのぞき、日本でキラールの音楽を聴くことは絶望的に不可能な状態だったが、一昨年、キラールのCDがまとめてリリースされてからはクラシック、映画音楽双方の分野で大きな注目を浴びるようになってきた。キラールの音楽に関心を持たれた読者には、入門盤として『キラール:映画音楽作品集―ドラキュラ―』と『キラール管弦楽作品集』の2枚をお勧めしたい(注:以上2枚のCDはいずれも廃盤)。前者にはフランシス・コッポラ監督とのコラボレーションが話題を呼んだ『ドラキュラ』をはじめ、キラールの重要な映画音楽作品をほぼすべて収録。後者にはラヴェル《ボレロ》を思わせる反復音楽の手法でユダヤ民族の出エジプトを歌い上げた《エクソドゥス》など、『戦場のピアニスト』のテーマにも通じる重要な作品が収められている。

(C)Hidekuni Maejima
禁無断転用

***** 『 前島秀国氏のお宝原稿 ~ やや序の口版 」 ・ 完 *****


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Posted by ニヘドン at 05:17│Comments(6)前島・MSC
この記事へのコメント
ピアニストを題材にした映画が好きなので、(リング中心の生活とはほど遠いのですが^^;)興味深く読ませていただきました。

エイドリアン・ブロディにインタビューされたなんてすごいですね。
ダイアン・クルーガーのお話も、インタビュー実現していたらお聞きできたのに、と思うと残念です。
Posted by hot jana at 2008年05月17日 15:20
> jana さん。

  jana さんの所に、秀様が突撃取材に行ったら、
  ドタキャンなんかしないで下さいね。

  jana さんも、怪我などされないように、リングのお仕事を頑張って下さい。
Posted by ニヘドンニヘドン at 2008年05月17日 23:51
『戦場のピアニスト』の中で主人公がバラード第一番を弾くところは、実に胸に迫るシーンですね。それまでの沈黙があればこそなんですね。
また潜伏中ににピアノを前にして音を出さずにピアノを弾く様子をするシーンを思い出しました。
まさに『沈黙の響き』です。
Posted by モンピー at 2008年05月18日 00:55
> モンピーさん。

   コメントありがとうございます。
   やはり優れた解説が有ると、作品への理解が深まりますよね。
   今度、秀先生の解説付き映画鑑賞会なんか催したいですね。
   来年のラ・フォル・ジュルネまで待てませんね!!
Posted by ニヘドンニヘドン at 2008年05月18日 01:16
ドタキャンだなんて、とんでもないです!

「リングの女」の制作発表の時には、特注のリングスーツでお待ち申し上げます (爆)
MSCももちろんオールスターキャストで!!
Posted by hot jana at 2008年05月18日 11:18
> hot jana 様

   次回作は「 セコンドの女 」 ですかね?
   女子プロレスラーに恨みを持つ女が、セコンドとして復讐を果たすストーリーです。 ( 笑 )
Posted by ニヘドンニヘドン at 2008年05月18日 14:58
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